認知症介護~不眠症のブルース~

91歳で亡くなられた母親の葬儀を終えられ、「ふぅ~」と来院された69歳女性。

もう10年以上のお付き合いになります。

「在宅介護で精神的に追い詰められて眠れない」

これが鍼灸院の扉を開いた彼女の第一声でした。

その後、近くの老健施設で母親を預かってもらえるようになりました。

彼女の疲労困憊は一件落着?とんでもない。

この国には、まるで遊牧民のように、3か月ごとに別の老健施設に移動し続けなければならない建前システムがあります。

彼女も、その度に悩み、疲れ果てていました。

早く次の移動先を決め、うまく移動できないと、高額の自費老人ホームへ預けるしか術がなかったのです。

介護離職。

家族の介護のために「長年の仕事」を辞めざる得ない人もいます。
 
彼女もそうでした。

年金と今までの貯金しか頼れるものが無い彼女。
 
早くに離婚をされていて、40歳になる一人娘は病気があって働けない状態です。

普段はとても物静かで落ち着いた女性ですが、

いざ介護の話題になると豹変したかのように、母親への罵詈雑言を吐き出されていました。
 
「私の方が先にまいっちゃうよ~」
「泥棒扱いされて冗談じゃない!」
「早く死んでくれればいいのにさ」 

91歳の母親の死は、20年に及んだ認知症介護の終わりを意味しています。

もう踵に灸などすえなくてもグッスリ眠れるようになるかも知れません。

本来「福祉国家」とは、

家族に、家庭や人生を壊してしまうような負担や努力を求めないものだと思います。

 「家族ができるだけ限界まで面倒みて下さい」

「限界を超えて破綻してしまうようでしたら国が支援しますから」

そんな福祉制度があるでしょうか? 

もし、彼女の「20年に及ぶ介護の日々」に、人生や仕事を犠牲にせずとも良い福祉制度があったなら・・・。

彼女の人生の選択肢はもっと増え、彩(いろどり)豊かなパレットのようになっていたように思えるのです。

「我慢」「しょうがない」「あきらめるしかない」の20年は永過ぎます。

69歳にしてようやく戻ってきた自分のための自由。

「自由とは怖れのないこと」、そんな歌詞があったことをふと思い出した次第です。